自分の人生は自分で選べるということ

もともと朝の満員電車が大嫌いでした。

はじまりは大学生のころ。

2時間ほどかけて大学まで通っていました。殺人電車と呼ばれる田園都市線に揺られ、山手線にゆられ、嫌な目に遭ったことも数えきれないほどあります。

毎日ほぼ始発の電車に乗りそれを回避していたのですが、席に座っていても回避出来ないことがあり、電車に乗らなくて済むように大学の近くに一人暮らしをさせてもらっていました。

よくよく考えると、じわっと汗をかいている夏の暑い日でさえ見ず知らずの人とあんなに密着して20分も30分もいるなんて、なんの苦行なんでしょうか…

大学を卒業してからもその時間帯に電車に乗るのは気分がいいものではなく、急行ではなく各駅停車に乗ったり、時間をずらしてみたり、違う線を使ってみたりと工夫をして、なんとか嫌な思いをしないように予防しています。

つい先日も、朝の殺人電車に乗るであろうことを考えると、とても嫌な気分になってしまったのでAirbnbを2泊分予約しました。

頻繁にはできないけれど、嫌なことに気持ちを消耗されてしまうと、様々なパフォーマンスが悪くなってしまいます。自分が出来る範囲のお金で解決できるなら、解決した方がいいと思うのです。
満員電車に乗ることにこんなに嫌気がさしているのに気がついたのは、先日、アメリカから帰ってきた時でした。

…いや、それまでにも頻繁に嫌気がさしていましたね。(笑)

先月滞在していたシアトルの郊外は、森に囲まれていて本当に気持ちがよく、街も人も穏やかで大好きな場所になりました。

キャンピングカーでアメリカを半分横断した時も、何もない土地にぽつんと家があって、老夫婦が手を繋いで歩いていたりして、あぁ、こんな所に住むことも出来るんだ、なんて思ったり。


家族や恋人や、仕事や、いろいろな制約があるかも知れないけれど、少なくとも私は東京にはいたくないのかも知れないと考えるようになりました。というよりも、東京にいなくてもいいのかも知れない、と思うのです。

そういう選択肢が出来たのは、自分のいる世界、今までいた世界の外を知ったから。
旅をすることによって、様々な人間の、多様な生き方に触れることができたから
です。

家族の転勤や進学、仕事などの自然な流れで現在は東京にいますが、 自分で絶対ここにいたいと選んだわけではありません。

自分の住みたい場所に住むことを選ぶことが出来る、って言葉にしてみると当たり前のことなんだけど、実はあまり気がついていませんでした。

満員電車を我慢しなくてもいいところ。
自然のたくさんあるところ。
優しい人たちが住んでいるところ。
穏やかな気持ちになれるところ。
居ごこちの良い、美味しいコーヒーやさんがあるところ。

私が住みたいな、と思う街です。

私自身のことを書いたブログに「世界中のどこにいても暮らせるようになる」と書きましたが、どうやったら実現出来るかを考えています。自分の身1つと、クラリネットとパソコンとWi-Fiがあればいいかな。そのくらいの身軽さで生きていけるようになりたい。

住む場所だけじゃなくって、毎日着る服も、行く場所も、一緒にいる誰かも、自分の人生だから、選ぶことができる。

選ばないと、東京の混沌とした渦に流されてしまいそうでこわいなと考える夜です。

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